2007年7月 2日

園長のエッセイ〜Dreams Come True

 象と暮らし始めて24年・・・待望のアジアゾウの赤ちゃんが生まれました。

 初めて迎えたアジアゾウ“ミッキー”に「赤ちゃんを生ませたい」と思ったのは次男を出産した時でした。産院から戻って真っ先にミッキーの所へかけ つけると、真っ白なベビー服が真っ黒になるまで匂いを嗅ぎ、涙を流しながら喜んだのです。私は「絶対にあなたにも赤ちゃんを生ませてあげる」と心に決めま した。


 その後、“ミニスター”“ランディ”とゾウが増える中、オスゾウにはめぐり合えませんでした。1989年 東金市から市原市へ引越しをし、“よう こ”を迎えました。1992年、長男を交通事故で失いました。私の“夢”は大きく揺らぎましたが、2年後の1994年 タイ王国からオスゾウを借り入れ、 繁殖を試みました。それから4年後の1998年にも同じように試みましたが、結局成功しませんでした。短期間での同居では難しいことがはっきりと分かりま した。

 今から6年前、2001年にインドから“テリー”が来園しました。繊細で綺麗な牙を持ったオスゾウです。翌年、“マミー”そして今回お母さんになった“プーリー”もインドからファミリーに加わりました。
 “テリー”と“プーリー”にはこんなエピソードがあります。ふたりはガジランカ国立公園生まれの幼なじみです。その頃からほのかな恋をしていたのかもし れません。再会した時のふたりの喜びようは今でもはっきり覚えています。それからふたりはゆっくりと恋を成就させたのでしょう・・・。

 血液検査の結果、妊娠の兆候を示していることが分かったのは昨年の1月。ちょうど映画「星になった少年」のDVDが発売されたころでした。そして 9月、今度はより信憑性の高いエコー検査でも妊娠していると診察されました。エコー検査を重ねて「今回は鼻?を確認した」「今日は足?を確認した」と言わ れる度にようやく信じることができました。

 今年1月、妊娠発表。それからは気が抜けなくて、プレッシャーに押しつぶされそうな毎日。タイ王国からかけつけたDr.プリーチャーが指揮を執り、出産時の準備も整いました。

4月7日

 出勤するとテリーの様子が変です。ひどく興奮し、ぞうさんショーへ出るのをやめました。そうです、プーリーの陣痛が始まったのです。いよいよ出産かしら!?
 産休に入るかと思いきや、Dr.の指示でプーリーはショーにも出来る限り出演し続けました。
「適度な運動が必要だ」
Dr.は常時プーリーの状態を把握していました。12年間で25頭の出産に立ち会ったDr.の判断にまかせ、私は静かにその日を待つことにしました。気が付けばゴールデンウィークが始まっていました。

5月2日

 とうとうドクターストップがかかったという知らせをうけ、プーリーに会いに行きました。私はおでこを彼女の鼻に付け、さすりながらいつものように声をかけました。
「大丈夫よ、プーリー。大丈夫。」
すると熱い涙が手の甲にポタリと落ちました。潤んだ瞳を見て絶対今日生まれると確信しました。

5月3日

 総勢20名のスタッフが見守るなかプーリーは無事出産しました。信じられないほどの安産でした。
 でも、それからが大変。出産後、赤ちゃんの声を聞いたプーリーが興奮し、落ち着くのに4時間ほどかかったのです。想定していたとは言え、その光景は想像 を絶するものでした。根気よく赤ちゃんを乳房の下へ連れて行き、ようやく口に含ませることが出来た時には本当に安堵しました。日本で2例目となるアジアゾ ウの赤ちゃんとなったのです。自然哺育(母ゾウによる子育て)としては日本初となりました。

 なぜ、こんなにアジアゾウの繁殖成功例がないのでしょうか?
 現在、日本には64頭のアジアゾウが暮らしています。そのうち繁殖が確認されているオスは3頭 王子動物園のマック、豊橋動植物園のダーナ、そして私のテリーです。
 
 残念なことにダーナのお嫁さんだったシャンティは4年前の出産時に母子共に亡くなってしまいました。そして一例目の出産に成功した王子のズゼの子供モモ(メス)も残念なことに13ヶ月で骨折が原因で亡くなりました。
 
 戦後、日本の動物園では珍しい動物を展示することに全力を注いでいました。ゾウは1頭いれば充分だったのです。オスは単独でも行動しますが、メスはコ ミュニティを作り団体で行動しています。メスこそ複数で飼育しなくては情緒不安定になってしまうのです。でもその時代はそんなことを考える必要はなかった のです。繁殖期に危険になるオスを避け、飼育の容易なメスを多く輸入することはごく当たり前のことでした。
 
 1975年のワシントン条約締結後、単体での輸入が難しくなり、最近はオスメスで輸入されるようになりました。動物園での出産は世界でも珍しいことで す。そして母ゾウがこのように母乳を与えるのは数十例しかありません。野生では初めてのお産に立ち会ってくれる産婆ゾウ、その母ゾウ、お姉さんゾウがいる のです。私の動物園でその役目ができるゾウはいません。
 
 今回、その役をDr.プリーチャーとゾウ使いがやりました。なんといってもゾウとの信頼関係がしっかりしているゾウ使い、そしてメスの調教状態が良いこと。これが今回の成功につながったと考えられます。
 
 私も初めてのことだらけで、たくさん勉強しました。ゾウは最初の出産を10代から20代前半ですればその後50才近くまで子供が生めること。3〜5年く らいで子離れをし、次の出産ができること。現在 お父さんのテリーはミニスターと仲良くしています。ミニスターは今年21歳になったので妊娠の可能性は充 分あります。

 赤ちゃんの名前は全国から寄せられた3800通の応募の中から“ゆめ花”と決まりました。
 この名前は“永年の想いが夢開き 花が咲き 夢叶う”という意味が込められています。

−ELPHA FRIENDS & LEA NEWS 2007夏号に掲載−

|
BlogNewsのトップへ