2006年10月13日
わたしの動物園 Vol.7
3年前の4月、兵庫県から2頭のアジアゾウが私の動物園に引っ越してきました。日本に来て50年余り、その間には阪神大震災も経験し、たくさんの方に親しまれ愛されたアキ子とキク子です。終の棲家として勝浦ぞうの楽園へ来ることになったのですが、楽園の完成を待たずにキク子は同年11月に60才で亡くなってしまいました。
残されたアキ子は翌年の春、進入道路とゾウ舎だけ造られた楽園の初めての住人となりました。しばらくぶりに浴びる泥、生い茂った木の香り、その全てに彼女は感動し、長い間忘れていた野生を少し取り戻しました。
今年5月には自分で足をあげ車に乗って市原へ里帰りもできました。そして7月、あたたかい鼻息を私に吹きかけて苦しむことなく天国へ旅立ちました。思えば、アキ子とキク子の来園、楽園の建設、2冊の本の出版、「星になった少年」の映画化、念願だった日本で暮らすアジアゾウの本も出すことが出来て、本当に本当に目まぐるしい充実した3年間でした。私の活動を通じゾウが大好きになり、そして動物たちのことを考えて下さる方が増えたことに心から感謝しております。
動物にもいろいろな運命があります。ゴミ箱から食べ物を探さなければならない犬もいれば、何百万円もする首輪をつけ、洋服を着ている犬もいます。どちらが幸せかは一概には言えません。
本来、動物は食べるために行動し、子孫を残すために異性を求め、死んでいきます。野生の世界では毎日が戦いです。一時の油断から命を落とすこともあるでしょう。動物園で暮らす動物たちに同様のことが起きない訳ではありませんが、野生本来の生活とは違います。彼らにとっては動物園の暮らしが全てなのです。
今、「エンリッチメント」という取り組みが世界中の動物園で試されています。初めて「ゾウ会議」でこの言葉を聞いた時は、何のことだろう?と正直思いましたが、他の人がうなずいているのを見て言葉を知らない自分の不勉強さを猛省しました。
動物たちが退屈をしないように遊ぶものを与えたり、食べ物を隠して与えて探させたり、飼育係とのコミュニケーションを円滑にするために一緒に遊んだり、動物本来の能力が生かせるような施設を建設したりといった話が次々と出てきて、私は「動物に生きがい(生きている意味)を与えること」という意味で理解しました。(動物園関係者の皆さん、間違っていたらごめんなさい。)
動物プロダクションを本業としていた頃は、動物たちが撮影の現場で普段と同じようにリラックス出来るように心のケアをすることを一番重要視していました。そのためには、まず車酔いをしないようにしなくてはいけません。到着して気分が悪くなったら動物にとって負担になってしまうからです。子どもの時から車に乗せ、公園や人が多く集まる場所に行き、特別なオヤツをあげることを繰り返します。車に乗ってどこかへ行くことが彼らの生きがいになっていき、現場での成功に繋がっていくのです。
こうして仕事が好きなアリ(?)からゾウまでをタレント動物に育て上げることが出来ました。その伝統を受け継いでいる私の動物たちは、お互いにコミュニケーションを持ち、どのように来園するお客様に喜んでもらえるか毎日考えていると思われます。その精神は新入りの動物たちに伝えられています。
例えばカンガルー。仲間に入った時には人の側に近寄ることも出来なかったのに、今では横になってのんびり、そのお腹を枕にしている子どもの写真をお父さんが興奮して撮っていたり。カピバラも走って逃げていたのに、人間と肩を組んで笑っていたり。私の動物園で生まれた動物たちは、初めから人間と共存する術を知っているような気もします、まるでDNAで受け継がれているかのように。
今年もたくさんの命が誕生しました。そしてたくさんの命が失われました。動物園は毎日が生き死にの戦いなのです。病気になってしまった動物たちが元気になり、新しい命が誕生し、明るいお客様の笑顔が見られる。これが私たちの生きがいになっているのです。
<ELPHA FRIENDS & LEA NEWS 2006秋冬号に掲載>
投稿者 sayuri : 2006年10月13日 10:46
